昼休み時や定時後におそらく同期であろう新入社員が固まって
街をタムロしている季節がやってきました。
子鴨がくっついて歩いているようで微笑ましいです。
1~2か月もすると配属も決まっていき自然と別行動になっていくんですよね、、。
信じてもらえないかもしれませんが、私にも20代の頃があって
その時よく感じていた、仕事のミスに対する指摘について、
ちょっと気づいたことがあったので参考まで。
私も若いころは単純なポカミス(又は手抜きからくる雑な仕事)を
やらかすことはあり、当然ながら指摘を受け、叱られることもしばしば
ありました。
それで当時よく理不尽に感じたのは、確かに間違いだけど別に
大した問題じゃないからそこまで厳しく言わなくても、、、という場合。
同じようなミスで前はそんなに厳しく指摘されなかったのに何で
今回はここまで言われるのだろう。みたいな。
同じミスを繰り返していたわけでもない、、
単に先輩・上司の機嫌が悪かったのか、、、
態度が悪かったのか、、、
結構モヤモヤしていたことがありました。
で、最近になってその時のこととか、ふと振り返ってみて
ああ、これかなというものが見えてきました。
(長い前フリですみません)
考えてみれば至極単純。指摘している部分の違いでした。
若いころの自分は、ミスそのもので起きた迷惑度合の大小を気にしていて
指摘する側は、ミスが起きた根本要素を見ていたんですよね。
つまり、迷惑度合が大きくても本人の意識に問題はなく、経験の浅さなど
から来るものなら指摘や注意喚起だけになるけど、怠惰な感情など
意識の低さや甘さから来ていたなら、迷惑度合が小さくても厳しく
指導されていたということです。
それに対して若いころの自分は、意識の部分の視点があまりなく
ミスした部分しか見ておらず、解決すればいいという視点しか
無かった。だから指導に対する厳しさにギャップを感じてしまって
いたようです。
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